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ホセカレーラスと、バルバラフリットリのトスティ歌曲集を聴いています

素敵過ぎて涙が出ます

去年師匠が亡くなってから、何故か涙もろくなりました

歌わねば歌わねば、と思うのですが

今いち集中できないのはどうしてでしょうか?

いい歌を聴いていると、やっぱりイタリアへの切符を掴みに行こうかな?

なんて、フワッと心に浮かびます

私は自分で、いろんな想いを一つ一つ叶えてきたのですが

一つだけ、一番肝心な事

叶えたかった事を叶えられていない

今の自分にとってはあまりにも壮大に感じるけれど

何らかの形で叶えられたらと思います

真剣に考えてみようと思います

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こないだはアメリカなんて言ってみてたけれど

伝統あるイタリアにやはり憧れる

歳のいったアジア人をそう簡単には受け入れられないとは思うけれど

何らかの形で叶えたいし

第二の歌の先生が必要です

まだやれていない勉強があります

これから益々伸びていかなくてはならないし

後退するわけにはいかない

故師匠が「君はそれでいいと思っていたの?」と静かに尋ねるその冷静さが恐ろしかったけれど

静かに厳しいといいましょうか?

私はそういう静かに問いかけられる方が身に染みて

これではダメなのだとよくわかるので

後々まで嫌味でなく

きちんと真髄が心に残るように

話して聞かせてくれる先生を求めます

今、君の歌い方はこうなってるよ

やってみせようか?

「いらない…」と、ボソッと答える私でした。

もうその説明だけでよくわかりますので

わざわざ真似てくれなくても大丈夫

やってみせようか?と一応断りを入れてくれるところが

とても生徒の心を尊重してくれてるようで

優しい先生でした

歌に対して妥協がないだけであって

そういう意味で厳しいのであって

先生は生徒にも礼儀正しい先生でした

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先生がわぁわあギャーギャー叫ばない

音程が狂ってるといって、ピアノの鍵盤を連打したりすることはないんです

何故なら理論を説明できるからです

一発でその音に持って行く事ができる

30分で出なかった音をほんとに出るようにしてくれる先生でした

でも、歌はそれだけでは歌にはならないので

もっと奥深く勉強が必要です

実践し、経験が必要です

このまま1人でいるわけにはいかないなと思います

次はもうイタリアへ行くしかないような気がします

イタリア人の様式を習わなくてはならないと思います

故師匠のように

イタリアへ勉強をしに行って

身についたら、それを日本に持ち帰り

本当に必要とする人にそれを伝える役割になれたならどんなに素晴らしい事かと思います

明治の時代に日本文化の中に西洋音楽が入ってきて

それを謙虚に学んだ日本人です

日本は、西洋音楽を取り入れたのですから、それならきちんとしたものが伝わらないといけません