今日も元気に出勤しております
今の幸せに喜びながら、今日も素敵な1日を送ります
あんまり、いろんな事を気にする必要もなく
私が私でいれたらそれでよし!
何者にもなる必要もなく
立派でも偉くもなく
淡々といつもの日常を送ります
お知らせ
今日も元気
イチロー選手にパンを売った話
むかーしむかーし
私ね、イチロー選手にパンを売った事あったのよ
イチロー選手が神戸に居たときあったでしょ!
須磨パティオの大丸の中の、ポール・ボキューズというパン屋さんでアルバイトをしたことがあったのね
その時の、ある日曜日の朝、ポール・ボキューズにパンを買いにイチロー選手が来たの
周りは、わー、イチローだあ、て、ざわざわー、て、なってたけど
私はその頃、音楽の事しか興味がなかったから、野球にはまったく、ミジンも興味がなかってので、わらなかったの
イチロー選手だあ、て周りが言ってても、誰それ?みたいな感じで
ふーん😒て、見てたらね
物凄く爽やかなニコニコ笑顔でね
手を振ってね、かるく会釈して、お店を出て行ってたよ
私に手を振ったわー、知らん人がー、と思った
でもニッコリ笑って会釈してたから、私もニッコリ笑って会釈したけど・・・・
今のように、あんなにスターになって、偉大になる人だとは知るよしもなく
それよりも、私自身が、これから私は歌手になって、立派な歌手になるんだー!!!と思っていた時期だったので
自分がスターのつもりでいたものだったから
まだ何にもなってなかったのに
まったくもって、人に興味はなかったころなのよね
でもね、さっき偶然YouTubeでイチロー選手のお話を聞いたのね
そしたら、イチロー選手が、選手生活の中でぶつかった壁は、私と全く同じ、私もぶつかった壁だった
イチロー選手は、全て1つ1つの壁と向き合って乗り越えた人
私は、全て乗り越えられなかった人
ものの見事にイチロー選手は乗り越えた人
私は乗り越えなかった人
はっきり分かりやすかった
そのお話の中でも印象強く心に残ったお話は
「僕は、野球に対する自信は失った事はないけれども、それを取り巻く環境に対応できるかどうかは、別問題なので、その事で何年も悩んだ」と
アメリカから引きかえして、日本でプレーしようかな?と、何度も真剣に考えたと
しかも、イチロー選手はアメリカでは外国人
私は、日本国内に居てたにも関わらず、私を取り巻く環境に馴染めないし、乗り越えられなかった
そして、私も、私が潜在的に持っている、歌うという能力に対して、自分で信じるものがあり、自信があった
イチロー選手は逃げなかった、私は逃げた😱😱😱😁😁😁😁
他にも沢山あるのだけれども、全てあのイチロー選手でさえ、自分と同じ壁にぶつかっていた事に驚きました
イチロー選手は全て乗り越え逃げなかった人
私は全てことごとく乗り越えず逃げた人
だから、今現在彼はスターで、英雄で、私は普通の人
だけど、私もやはり目指した物があって
真剣に、哀しく思いながらも、自分の弱さを受け入れながら、自分の人生を生きたので
イチロー選手の話が、自分も体験したかのように、心に刺さるし、響くしで、びっくりしています
ただやはり、イチロー選手が努力した部分は、野球を取り巻く周囲への対処や対応の仕方、適応の仕方に悩んで努力したのであって
野球に直接纏わる、トレーニングを毎日コツコツと積み重ねる事、野球の技術的な事を研究し、身に付ける事そのものは
周りから見たら、ストイックで、努力している風に見えるようだけれども、僕はそうしている事が好きでやっている事で、常に身体を動かしていたいタイプで、何一つ努力とか、我慢とか、そんな事はしていないと、話していました
強いて言うなら、身体を休ませなくてはならず、動くなと言われる事がよくあって
それを我慢する事が大変だったと、でもプロは、それも大切な事なんだと話していました
でも、そんなイチロー選手でも、常に失敗の連続で、その失敗と向き合っていないといけない、とも話していまして
あー、そうだったのか・・・・、と
失敗を恐れる事はない、というのはこういう事なのかな?とも思いました
なので、本当は、プロが、私は才能がないのかも?と、ぼやく事は、本当はできないこと
プロの世界の中で、才能がないのかも?と、ウジウジ言っているような人間は、
才能ないと思うなら、辞めな、て、言われる、相手にされないとおもうんだよね
ここは、才能ある者達の来るところだからと、言われると思うんだよね
そして、競争の世界でもあって、特にイチロー選手の世界はそうですよね
勝敗がはっきりしますからね
そして、エゴの塊の人間ばかりが、ひしめいている世界なのに、それが当たり前なのに
日本でも、アメリカでも、チームのために、チームのために、と、言うのが気持ち悪いとも言ってました
正直な本音を言うのが怖い
何処へ行っても、チームの為にと言ってる方が安心安全みたいなんだ、と、
イチロー選手は、その言葉を聞く度に、『うそこけー!』みたいに思ったみたい
みんな自分自分自分のエゴの塊のやつらばかりやないか!と、思って気持ち悪かったと
私はそれを聞けて、安心しました
やっぱりね、現役の間は、オペラの世界でも同じだと思うんだよね
なんか、悟りをひらいたみたいな事を、言う必要はなかった、いい人ぶる必要はなかったんだあと
1つの事を極めようとしてね、それに夢中になって向かっていってる人間が
あんまりわかったような事を、言えるものではないんだなあと
特に、ゲームの世界では、闘志を燃やして、いろんな物と戦っている最中だからね
オペラの世界だって、そんなに変わらないと思います
でも、イチロー選手の話を聞けた事で
自分の歩みも、そんなに悪くなかったなと思えました
やはり、自信を持って生きる事ができますし
この先の事も、楽しみにあゆんだらいいのだろうし
世の中には、精神的に強さを持っている人もいれば
弱い人もいるし
いろんな人がいるんだから、お前みたいなやつはダメだみたいな
脱落していく人に、やたらとガッカリするみたいな
たとえそれが、人生のレールから滑ってしまう人に対して
情けないよ、とか、そんな心を向けるべきではないように思います
たまたま、この世の中のレールに上手くのれなかった人、或いは、いま、たまたま上手く行っていないだけで、まともな人、と、優しく見てあげたらいいのでは?
人間の世界が、弱肉強食では困りますし、次元が低いと思います
世の中は、弱肉強食なんだよ、なんて、言っている社会は、あんまりいい社会じゃないね
人間の世界は、弱肉強食ではありません!
助け合う世界です
歌は神聖なるものとは言ったものの
😁 真面目に格好付けて話してみても
よくよく考えてみたら、イタリアの歌詞は、いつも愛だの恋だの、3次元的な人間の欲求を歌っているものばかり
何が神聖じゃぁ 😆😆😆
とも思ってしまう
何が神の域じゃ!ともつい思ってしまいました 😅😅😅😅
先ほどの投稿で、なんとなく真面目に格好よく決まった感ありましたが
直ぐに三枚目をこうして演じようとしてしまうのは
いつも、皆さんを笑わして、深刻な雰囲気ばかりではなく、楽しい空気にしたいと、長年そう演じてきた、そういう癖が染み付いてしまいましたあ~~
ごめん!
Ciao~
歌は神聖なるもの
本当は、なんでもそうなのですが
歌に限った事ではないのですが
でも歌は如実にそれが現れると思います
オープンハートで歌い
愛を込めて歌う喉のチャクラは自然と開かれます
呼吸は深く、呼吸を自由自在に操りながら
呼気に声を乗せて歌います
呼気を深く扱うところからしても、神聖な面持ちになります
力で歌うものではなく
きちんと理に叶った出し方に基づいて行っていたら
恐らく、自然が出している波動と共鳴し
内側から溢れ出てくる精神と肉体が一致し、歓喜の如く、その声が天を舞って鳴り響く
そう考えると、歌うという行為は
何にも増して、神に近く、神聖な行為となります
自分のペースで進みましょ
人によってそれぞれだと思います
夢を諦めない方がいい年齢とか、夢を諦めない方がいい人
なかには逆に、今までの夢を諦めた方が、もっといい物が手に入る人もいると思うので
夢を諦める、諦めない、それも自分で考えるべきです
ジャンルと年齢によっては、さっさと今までの事は手放した方が幸せになれる人もいます
それは、ポジティブな諦めです
諦めるという言葉がネガティブにしか聞こえない人は、諦めなければいいのですが
人に強要するものではありません
もうある程度の年齢になったら、必ずしも諦めるな、諦めるなと、励まし続ける事ばかりが、思いやりではないことも知って欲しいと思う時があります
人生にはその人のタイミングというものがあって
そのタイミングを逸してしまったら、もう二度と来ないチャンス、どんなに頑張っても、もう乗り切れないという事もあります
そういう時は、パーっとそれら一切の事から離れた方がいい事もあります
日常のちょっとした事でも、あまり上手く行かない事は、ある程度取り組んだら、いつも私はほったらかしています
2、3ヶ月たって、またやってみたら、急に上手く行きだす、ということはざらにあります
人生の大きな決め事や問題だったとしても
あまりに叶わない夢は、パッと手放したらどうだろう?
それに変わって、別の何か、想像以上の何か素敵な物が、手に入るのではないだろうか?
そう思います
本当に挫折してしまった時には、そっとしておいて欲しい気がしませんか?
バカにしたり、なんだかだらしがないとか
なんか、責めるような目で見るのではなく
励ましたいなら、きちんと綺麗な言葉で綺麗な声で、優しい声をかけてあげたらいいのに、上手く行っていない今のその人にむかって
なにやってんだ?みたいな、だからお前はダメなんだみたいな、ののしるような声をかけるなら、それは励ましではなくて、自分の欲求の押し付けだと思います
私はそういう人から、離れる事ができて
とても幸せになれました
なんかだらしがないんだよ、とか、そんな風じゃなくて
もっとかけてあげる言葉があるように思います
期待していたのに、それが裏切られたとなったときの、自分のイライラとか、蔑むような雰囲気を醸し出すあの感じ、て、たまりません。経験があります
人にあまりに期待し過ぎる、て、時に人を押し潰してしまう
最近やっと、心が安らぎました
私は歌がただ好きなだけで、それでもいろんな経験を経て今日まできました
今日も発声練習から丁寧に練習ができ、なんとも心地の良い安堵感です
私のできる範囲、知っている範囲で、歌の事を教授していこうと思います
今後、どれくらいの方に支持されるのかはわかりませんが
少数でも、信頼され、求められるなら
しっかりと、これまでの道の先を進んで参ろうと思っています
決してネガティブな諦めではないと自分ではそう思っています
私は、どうにも叶わなかった夢を、もうそろそろ本気で手放したいと思っています
これ以上それに執着しても、そんなにいいことにはならないと感じています
いい諦め方をしたいなとおもっているんです
なんとも、心地がいいように感じるんです
この『諦める』という、この響き
なんとも、今の私には、心がほっとする響きに感じます
SNSについて考える
今のうちから、YouTubeの登録人数を見えないようにしようかな?どうしようかな?
と、悩みます
YouTube の登録人数で、承認欲求がモチベーションになるような人生は不幸のように思います
Facebookをずーっと前に辞めた事、あれは大正解だったと思っています
いつもいつも人が気になる人生は、不幸と感じます
YouTubeの登録人数を増やすために頑張る!では、きっとメンタルを殺られる日がきます
好きな事が、ずっと好きでいられるように考えたいなと思います
登録人数を増やすために頑張る歌なんて、どうなんだろう?
承認欲求を満たす人生なんて、どうなんだろう?
それよりも、自分が向上心を持って
何も気にせず、本当に自由に楽しんで歌っていて、その事から、誰かを笑顔に代えられる人生なら、とても幸せだと思います
また私の声を聴きたいなと思う人に、そっと、登録ボタンを押してもらえたなら
それが本物だと思います
数字として、はっきりしてしまうことでは
やはり競ってしまいます
崇高な歌が歌いたいなら、そんな数字の為に歌わない事
どんなに気にしないとは言っても気になります
競う場に身を置きたくないなと思います
自分が競わなくても、勝手に競わせられてたりして、何かの拍子にまたそれが話題の種にされた時には、私は傷つきますし
なので、早いうちから、YouTube を行う目的意志を、自分の中ではっきりさせておこうと思います
しかし、これまた登録人数をoffにする操作がわからなーい
スッとはできそうにありません😅
でも、SNSの恐ろしさを思うと、早めに手を打ちたいと思います

これから入会をお考えの方にお願いしたいこと
本当に最近、時折思う事があります
教える側としてもそれなりに構えがあって、準備や計画をしています
本当に求めてる人は、自分で連絡や問い合わせをしてこられると思いますので、私の方からお誘いをしたり、ましてや、レッスンをさせてください、というような、こちらからお願いをしてレッスンをさせてもらうような事は致しません
また、専門が違う時があります
例えばバロック音楽の分野や、そのパートの声の方は、私の専門ではありません
バロック音楽を求められる人、また、将来これはバロックへ進まれるだろうと予測が最初にできる場合いは、やはりお受けしないことにします
バロック音楽も素敵ですよ
少しかじった事があるので、その世界もいいなあと思った事はあります
音楽様式も、バロック特有の決まり事があります
なので、バロック音楽はバロックを専門にされておられる先生を探される事を最初からはっきりとさせておこうと思います
私はイタリアものが主流でオペラの作品を研究しております
主に、ベルカント唱法の声のトレーナーとしてこのサロンを開いております
まだ習い始めて1年も経たずして、直ぐに長いお休みを申し出るとか、月二回のレッスンさえ予定が組めないとか、そういう事ではお受けできません
やはり個人レッスンは、お互いの信頼関係ができてくるまでは、きっちりと最低限決められている回数や、お月謝のお支払い期限は、守って頂ける方にいらしてもらいたいと思います
また初回のレッスンの日時の変更も、なるべく、できるだけないようにお願いしたいと思います
歌曲の醍醐味
あまりいろんな事に一喜一憂しないで
淡々と丁寧な暮らしをしようと思いました
最近、にわか喜びをしてしまったなあと思いますし
最初にこれどうかな?と、思った事に対してやはり、私は頑張ってしまって
頑張るとやっぱりろくな事ないんだなと実感したような出来事がありました
あんまりいろいろな事に期待もしない方がいいのだろうか?
心配もする必要もなく、全てなるようになるから天に委ねる生き方で行こう
今までもそうでしたし
とにかく今、自分の目の前にいる、私に関わってくれている人達を大切にしたいです
過去も未来もあんまり関係ないなと思う気がします
でも一喜一憂ではなく、嬉しい出来事にはお礼を言いたい気もします
YouTubeの登録ありがとうございます
なんかやっぱり嬉しいなあ
いろいろ挑戦をしておりますし、楽しく嬉しく歌っています
来週はとっても久しぶりの方と合わせがあります
楽しみです
いろいろ、次々やりたいことが閃くのに
なかなかスピードを持って進められない理由が
いつも物質的な物の事です
もっと前へ前へと、どんどん進みたいです
そうそう、それからオルガンの弾ける人、あの人かな?聞いてみよう
今度のYouTubeはどんな曲にしあがるかな?
六曲一気に録音してしまおうとしてますが
できるかな?
ベッリー二を歌います
ベッリー二は、ベルカントを代表する作曲家です
オペラとは違って歌曲はいろんな歌い方があるんです
伴奏者さんとは、似たように曲を感じていると、話は早いのですが
自分とは真逆だったり、これしかないと思っていたりすると、かなり大変になることもあります
ただ、どんな感じ方も、正解不正解はないので
人の感じている音楽に対して、その思いには尊重しなくてはなりません
ただ、歌うのは私なので、自分の感じている事が、あやふやではいけません
しっかりまとめておいて、別の意見も柔軟に受け入れられる態勢にしておかないととは思います
要は、ただ好き嫌いとか、趣味の問題だったりするんです
歌曲を歌う時の面白みはそういったところで、
そういったものだから、余計に難しく感じます
歌曲は、作曲家の意図には、ある程度沿わないといけませんが
ある程度は、歌い手の解釈の仕方等にも委ねられるので
私オリジナルな曲にもできるのです
なので、面白い
アップロードはまだ先にはなりますが
お楽しみに 😉
やっぱり幸せ🍀
考えるだけで楽しい☺️
Buona fine settimana. 良い週末を 🍀

モーツァルトの時代から
そういえばモーツァルトや、ベートーベンがいた時代から
音楽にはパトロンがつきもので
音楽家達は、皆、王室に支えていました
絢爛豪華なオペラは、ハクスブルク家がいたからオペラが誕生しました
オペラ歌手達も、王様や王妃様、伯爵家お抱えの歌手がいて
それで音楽家達の生計が成り立っていました
それでも戦争やいろんな事に巻き込まれ、音楽家達は貧しく、モーツァルトは、教えたくもないピアノ講師をした時期もありましたが
やってられん!と言って辞めて帰ってきたら、奥様のコンスタンツェに叱られ、家出され
コンスタンツェのお母さん、つまりモーツァルトにとっての義母から、かん高い声で怒鳴りつけられ、あの『夜の女王のアリア』ができたかできなかったか、定かではない逸話もあって
フリーメイソンのある儀式を魔笛の中で明かしてしまったから
最後、フリーメイソンに暗殺された話も本当か嘘かわからない話であります
モーツァルトの死は永久に謎めいています
生肉を食べてそれに当たって高熱が出て、熱におかされて亡くなった話や
子供の頃から病気がちなところもあって
それが大人になって持病として再発して
病気で亡くなった説もあったり
モーツァルトの死因は、永遠に本当の死因が明かされることはなさそうです
それからお金と才能は別のようです
あんなに才能があっても、貧しい暮らしとは、どういう世の中なのよ、と思ってしまいます
モーツァルトの時代からずっとそうでした
なので私はもう、いろんな事を諦めています
私が願う事は、みんな現代の特に日本の音楽家さん達は願っています
でも、あまりにも自分でどうこうできる問題ではないように思います
時に、この世での幸せを手に入れたかったら
諦める事も肝心です
諦めるはネガティブではなく
諦めるから成功が手に入る
あれもこれも握ってこだわりや、執着をしていたのでは、本当の成功や幸せは手には入らない
人からの承認や、高評価などを集めて幸福感を得るのではなく
人からの承認や、評価等無くても
私は毎日歌って暮らせています
それに満足しています
幸せや成功は、今のその状態で、人によっていろんな状態があると思いますが、自分が今のその状態に満足できるかどうかです
諦めたから腹も立たずに済んでいる事もやまほどありますし
世の中のシステムがすっかり変わって、ベーシックインカムや、フリーエネルギーが導入され、年金や保険が必要失くなった頃には、私はお婆さんになっていて、歌手も引退しています
でもこれからの若者や子供達は、そんなに多くを諦める必要はないかもしれませんね
好きなことがおもいっきりできて、失敗しても何度でもやり直しができる時代になっていることと思います
皆が平等に、本当の幸せになれる未来を期待します
今日も1日が充実
午前中、お仕事するでしょう!
お昼を食べて~
お昼からちょっとだけ三ノ宮でレッスン
その三ノ宮でのレッスンの方のお話が面白かった~
もう先生のお家までレッスンへは行けない、ていうのね
その理由がね、「私の作った会社が先生の家の直ぐ近くにあるんです」と
「あそこに来る人は、みーんな私の知ってる人達で、お互いに知り合いです」と
「だから、なんだかなあと思う・・・・」と
えーーー!!!!
そんなこと言われても・・・・
私は私の家に来て欲しいけど、と言ったら、もうダメです、だって・・・
えーー!!
笑笑
ご年配の方ですし、いろーんな話をしながらゆったりとレッスンをしまして
お話はとても人生の参考になりました
なんだか、へんちくりんな話もあったようななかったような(笑笑)
でも、時代を考えたらそれも正解かも?と思う話もありまして
なんだか楽しい面白い時間でした
そして、レッスンが時間通りに終わりまして
お買い物だけして寄り道はせず真っ直ぐ家に帰って来て
ほんの少し休憩したら
サッと自分の歌の練習をしました
毎日歌を歌ってます、疲れたら休んで
今は、今度YouTubeに挙げる曲の練習をしています
そして、これからどんな風に自分を動かして行くかを閃いて
あそこで歌おう、とか、こんな催しを開こうとか
歌いながらいろいろ思い付いて・・・・
しかしどこから経費が出るかな?
活動資金は運よく手に入ったけれども
レッスン室の事でほとんど使ってしまいますし、どうしたら、自分のやりたいことがすんなりできるだろうか?
演奏会で儲けなんて、出たことはありません
常に赤字か、トントンで、儲けはありません
1つの演奏会を開くのには、経費の方がかかるものなのです
チケット代2500円や、3000円では、儲けは出ないのです
満員御礼でトントンです
ですが、オペラでもないのに、5000円から上の値段でお客様は集まりませんし
お知り合い演奏会ですのに、あんまり高い値段も悪いかなと考えて
興行的な考え方はできません
オペラ公演では、何百万というチケットノルマーを払って舞台に立っています
私はノルマー70万でオペラの舞台に立っていました
それでも、私達歌手は、歌手なので
演奏会を開きたいし、舞台に立ちたいものです
よく皆さんに来て頂いていた発表会みたいな演奏会で10万のノルマーです
よくやってたなあと思います
皆様、その節は本当にありがとうございました
これからは、どうしていったらいいかなあ?
YouTubeが舞台かなあ?
またちょっと違いますね
ですが今は、毎日自分の歌う時間が持てて嬉しいです
今まで会えてた人に会えなくなったり、そういう寂しさもなくはありませんが
また何処かで会いましょう
昨日も1つ、お別れを言われて、残念です
ですが、それはその方の事情なので仕方がありません
きっと何かがしっくりこなくなったのでしょう
天に全てお任せして流れには逆らいませんし
変化して行く事を、柔軟に受け止めています
そんなこともありますが、今はまだ毎日好きな歌が歌えて幸せです



