きちんとした発声法を知っているから言えることがあります
若い人がいろいろできるようになるのは当たり前な部分がありますが
70歳を越えた方が、今までできなかった事ができるようになるのは凄い事!
奇跡とも呼べると思います
特に70歳に限っての事ではありませんが
65歳でも、80歳でも
伸び代が見えるようになるのは
きちんとした発声を知ってる方に習わないと見えるようにはなりませんし
ましてや、本当に伸びてはきませんので
若い人が、いろいろとできるようになることも、喜びですが
お歳を召した方々が、いろいろできて行くようになる姿は、尊敬に値しますし
私にとってとも、喜びはいっそう大きくなります
そして、今の時代の方々は
厳しさより優しさ、温もりを求めています
まともな事を、易しく教えられる技術と、心優しく教えられる器が、講師には必要です
私の仕事は、年齢問わず、夢や希望、愛をもたらす仕事です
代表 千賀恵子

お知らせ
きちんとした発声を知っているから言えること
神様の計らい
神様の計らいもあって
ちゃんと道を示されました
私はもうちょっとで、ある時私のワンルームに転がり込んできた同居人との生活の中で、お母さん役になる処でした
しかも気がつかない内に、なんとなくそう言う役回りかしら?と
無意識の内にそう思いそうな気がしてきました
なので、神様は、そうじゃないよ、そうじゃない
貴方には、まだ他にやるべき自分の道がありますよ、と
それでこの度の内輪もめが起こったのかも?
とにかく、いいようになってるはず!
とは思うけど、いろいろ考えます
私はお姉さん風を吹かせただろうか?とか
お姉さん風を吹かせると、それは嫌がられるわよね~
お姉さん風でも嫌なのに、お母さん風を吹いた日にゃ~
もうもうもう・・・・
たまらんよね・・・・
神様はいろいろ気がつかせようといろいろ事を起こします
もうそろそろ人間関係ゲームは終わりにします!と、今日、朝、天に投げましたので、もう終わりだと思います
悩み事が多過ぎ!もう悩みません!と、これも天に投げておいたので
これからの人生はもう悩みはなくなると思います
私ね、知らない間に、神様から蓮の華修行というのをさせられてたのよ、4年半も!
蓮の華修行????
なにそれ?と思うでしょ?
今度詳しく書きますね
ちょっとだけ大まかに言うとしたら、お釈迦様が時々蓮の華を持ってる絵があるのご存知ですか?
あれはみんな、どんな人間でも、どろっとした、泥の部分を心に持っている、と、言う意味なんだそうです
それで、蓮の華修行というのは、その泥から栄養だけを吸って、そこで美しく咲きなさい、という修行なんだけど
蓮の華、て、泥の中から咲くでょ!
具体的にどんな事をさせられていたか?
それは、また別の日に書こうかな?
もう大変な修行で、もう本当に気がおかしくなりそうです!と思ったところで
その修行は、ピタッと終了したのよ
でも4年半その修行は続いたのよ
限界は何度も来たのだけども
脱落しなかったのよ
でも、本当に本当に、もうこれ以上と思ったところで思わぬ終わり方をしたのよね
これはまた近々具体的な修行内容を書きます
あー、そうだったのか、と知ったのは
実はつい昨日なんです (笑笑)
でもね、昨日、本当に偶然しったのだけれども
あー、あの時のあれは、そう言う意味だったのか?と、納得したのよね
私ね、なんでこんな目にあうのか?と、不思議で、私はこれまでの自分の人生において何をしたのか?と思いました
とにかくもうもうもう
人間関係ゲームは終わりにします
もう飽きました!
十分楽しみました
人間て、変で、悩んでるつもりがね、本当はその怒りや悲しみという感情を楽しんでるのやって・・・
えー??て思うでしょう?
でもそうなんだって
いろんな感情になるのを楽しんでるのだってさーーー
地球上で起こる出来事は、全部ゲームなんだって
だから何回失敗してもリセットしてやり直せるのだって!
という訳でまた明日~
La Bohème 1幕 練習中
先週、ボエームの1幕については、あらすじを投稿しましたのでそれを読んでくださいね
かなり分かりやすく自分で書けたと思います
それで、今日も練習しました
こないだよりスムーズです
本当に毎日コツコツ、コンスタントにやれたなら、今週中にはスラスラになりそうです
そして思うのが
もうもうもう・・・
今や、イタリア語が自分の心に本当に近い
ロドルフォとミミの会話のやり取りが
本当に普通の日常会話です
来月4月にはイタリア語会話教室へ戻ります!
絶対に戻ります!
このオペラの初演は1849年とあります
19世紀の終わりの方です
20世紀に近い終わりの方
なので、もうロマン派も越して、近代オペラでして
貧しいボヘミアン達のお話
ロドルフォは、”冷たき手”のアリアの中で
『楽しい貧乏の中で、愛と詞と夢と空想を空に描いたお城のお陰で私は百万長者の心を持っている』とあるのです
この感覚、このブログの何処かでも書きました
私も所持金は少ないのに、お金持ちのような気がして錯覚が時々起こると
それは、私は心豊かに生きているという証
心豊かに生きていればいいのです
でも最近、何か、ふと不安や寂しさが襲ってくる時があります
2月14日の夕方までは、とても私は幸せでした
2月14日の晩から少し生活が一変してしまい、思わぬ展開へ
台所のシンクにぽつんと、私のマグカップだけが洗われずに置いてあったのを見た時の哀しさ
私は洗い忘れたのではない、同居人を気遣ってわざと素早くそこから立ち去ったのに・・・
どうして私のだけ洗ってもらってないの?と
白黒はっきり付けたくてと言われました
ずっと前からそうしてたのに、気がつかなかったの?と
頂いたチョコレートのお裾分けまでした直後のそれだし
最近、いろいろ大変そうだから、ちょうどチョコレートを頂いたし
と、いろいろ気遣っていたつもりだったから
私は知らずにいた
気がつかずにあれこれ気に掛けてた
そう思ったら、無性に怒りと悲しみとなり
そう言う悲しい、寂しい想いをもうしませんように
それなら1人の方がいいよね、と、直感的に思いました
私の方から、出て行ってもらえない?と申し出ました
ボエームのように、暖かな柔らかな空気に包まれて生活できますように
却って、1人の方が、そう演出できます

楽しく生きるコツ
いつも明るくして、そして人に親切にすること
私の仕事は、夢や楽しみを人に与える
そう言う仕事です
さ!歌、練習しよう
Buona notte おやすみなさい
明日も頑張ります!
皆様も良い日となりますように
そしてどうかこれからも宜しくお願い致します
木には精霊が宿る
もっと最初に同居人からの協力の気持ちと姿勢を示してほしかったなと思います
広い庭、この庭のお陰で少し音の軽減ができます
ですが住み始めた頃、どくだみの雑草が凄まじかったのです
途方にくれてしまった挙げ句、木を枯らしてしまいました
木には精霊が宿るのに
同居人はある時から、家の事に本当に無関心となりました
最初からそんな感じではありましたが
家に主人が二人も居たらややこしいと
買い物も洗い物も
掃除も、やらせてあげてた、自分だったらもっと上手くやると
勘違いするなと
住み始めて1ヶ月と経たなかった頃、こんな家に友達は呼ばないとも言っていました
言い方があると思うんです
でも私はその気持ちも解るか気がしていたので
そっかあ、貴女のお友達は、みんなお金持ちで、しっかりしたご主人が居て、もっと立派な綺麗なお家に住んでいるものね、と言って納得してあげました
友達との差
夢と現実とのギャップ
気持ちがとても解った気がしていました
本当の本当は、こんな家とは?
本当は、ひっぱたいてやりたかった
同じ気持ちを表現するにも、こんな家とは?言い方があります
それが本当の私の気持ち
確かに昭和チックな古い家です
でも、私は自分の力でこの家を借りました
この家を借りる理由も前の1ルームに転がり込んできた同居人の事もあったからです
こんな職業で、こんな一軒家に住めるとは思っていなかったから
自分の力で一軒家を借りた、なんて贅沢なんだろう?
なんて有難いのだろう?と、思っていたから
これから土を甦らせ、木を生き返らせ
全てを私独りの力でやってのけようと思います
後、気になっている事もあります
この地域も環境が変わってきました
それもこれからは対応していかなくてはなりません
時間は少々かかりますが、追い付いていかなくてはなりません
これでも別に良かったのになあ↑↑
私も何か、考え方を間違えたなあと思います
木の精霊はきっと怒っているでしょう
木の精霊からしたら、私の理由など知らない
私のせい
全て、私のせい è tutta colpa mia
あの子にはあの子の人生がある
夢があります
叶いますように、祈っています
私はあの子が転がり込んできたお陰で
それなりの地域に住み、一軒家を持つという勇気をもらいました
1人では勇気は出なかった、思いきれなかった
なので、私はいろいろあっても感謝しかなかったのだけれども
いよいよ、あの子も限界が来たと
私も同じく
一緒に住んでくれてありがとうと思っています
神様は自分の潜在意識
神様は本当は、自分の中の潜在意識の中に住んでいる
私はそう思います
私はいつも自分の事を、気が利かず、至らない人間だから
人に不快な思いをさせてはならない
人が怒っていたら、透かさず謝る
そうしていたんだよね、家の中でもそうだったんだよね
でも、ここでの教室での事や、オペラの現場でのこと、いろんなコンサートでスタッフや、器楽の方々や、同じ声楽家の共演者の人達
いろんな人達の間を渡り歩いてきたんだよね
ここのサロンの人達だけ考えても
凄い数の人達とずっとやりとりをしてきたんだよね
そう考えたら、もう私は本当はいろんな事に気が付き過ぎるくらい気がつくし、気を遣う
本当はそう成長できていたのではないかな?と
でもこんなことを人様の前で言うと
申し訳ない部分もやはり絶対あると思うので本当は話し方がよくわからないのだけれども
少なくとも一緒に暮らす者に対する気遣いは知っていたように思う
人と上手く付き合っていく方法をとてもよく学んで知ってるように思う
考えてみたら家の中で、人によく謝ってたように感じる
後、家があるというだけでも私は大満足だった
古い家なので不便も多少はあるのだけれども
不満はなく、人に自慢したいくらい、今の家に満足しています
一緒に住んでくれる人の気持ちを一生懸命理解しようとしていたし
多少のわがままも、気持ちが解る気がしていたから許してたんだよね
本当は同居人に対してそんな口、許さないと引っ張ったいてやりたい事は幾度かあった
それでも私はとにかく全てに感謝の気持ちを持っていたと思います
感謝することを知っていたから、家の建物そのものに不満は一切なかった
家がある事のありがたかさを身に沁みて知っていたと思う
一緒に住んでくれる人にも、最初から物凄く感謝をしていたから
ちょっとでも私が不快な思いをさせたなら、謝ってた、ごめんね、と
いつも自分が間違える、と当たり前に思っていたから
でも、神様は伝えに来ました
もうそんな風に思う必要はありませんよ、もっと自分に自信を持って、と
そう、伝えに来たような気がします
私の心の深い部分がそう言ってるだけの事ですが
もうだいぶ前から、なんだか大人の女性同士が住んでいるとは感じなくなっていました
実は高校生と過ごしているようだと思う事が度々ありました
それから、一緒に住んでいるのに、余計に寂しさを感じたり
でも、神様は遂に私にささやきました
もっと自信を持って、と
それは、本当は私の心の深い部分の声です
それを私はいつも神様と表現しています
遂に、本当の独立をする、そう言う時期(とき)が来たんだなと
それぞれの人生があるので、どちらかの存在が、足かせになってはいけません
なんとなく、気になって自由に羽ばたけないのではいけません
特に、相手の人生にとってそう思います
自信を持って、安心していろんな事をやっていけばいいのだなと思えるようになりました
それも、一緒に暮らしてくれた人のお陰もあると思います
全く伝わらないけれどもね
何故なら、あまりの相手の無礼さに最近私は怒りが抑えられなくなりました
あまりに我が物顔で家の中を歩くなあと思うんだ
それで、黙って出ていけ!と、言ってしまっているので
だけれども、これから大不況だよ
実際もう始まってる
株価のデーターを見たら、世界的に大変な暴落が起きてます
誰かは、ハイパーインフレが起こらないかと心配している人もいる
私はハイパーインフレは日本では起こらない
そう思っていますが
食品が本当に買えなくなるかもわからないとまで言われているのに
こんな時に私は・・・・
でもこんな時だから、本当にお互いを思いやれる人達と一緒にいる準備をするべきなのかもしれない
それでこの度の家庭内での独立が起こっているかもしれない
それに不況は、ちゃんとした事を知っていれば
自分の世界では全く関係ない事でもあるかもしれない
思いやりと感謝の気持ちを忘れなければ
大丈夫です
全ての人にとって、不況も関係ないかもしれません
カウンターテナーの醍醐味
カウンターテナーの特徴ね、みんなも知ってて欲しいなあ
なんでも、高い音が出る、て、素晴らしく思うじゃない?
お客様も、高い音をパーっと出してくれたら
つい嬉しくなっちゃって、うわぁー、と沢山拍手するじゃない?
ソプラノならそれが欲しくて、他の音を少々省いても、高音に備えたりするのよね
でもね、カウンターテナーはね
本当はね、高音じゃなくて、低音が素晴らしく出せる事が醍醐味となるわけ
なので、バロック音楽を、本当に知ってるお客様はね
カウンターテナーが、低い音を美しくロングトーンで声を張ってくれた時に
うゎーっと拍手をする訳よ
だから、コンクールとか、バロックの審査では
低音への移行の技術がどれほどあるかも審査の対象になるので
高い音をどれだけ美しく声を張っても
コンクールのような審査される場では、そんなに難易度評価は付かなくて、ポイントとしてはそんなに高くないのね
それより低音をいかに美しく出せるかが勝負になるのね
つまり、カウンターテナーが低い音を出す、て、意外かもしれないけれど
とーっても技術が必要で難しいという事がお分かりでしょうか?
でも、コンサートでは、やっぱりね
特に現在では、特に、こと日本では!
高い音を沢山美しく出してくれる方が喜ぶよねぇ
なので、現代のヨーロッパのカウンターテナー達は、サービスで高音を沢山出してくれてます
特にリサイタルのようなスタイルでのツアーコンサートではそのようです
後、バロック音楽では、アリアの中で、自分でアレンジや、装飾音を作れないといけなくて
これは作曲家なみの和音感覚とか、いろいろ必要になるなんだよね
これに関しては、最初は誰かの真似でもいいと思います
私もこれは、自分で考えてやってるのだけれど
あんまり格好いいアレンジができてない気がしてしょうがないのよね
でも、一生懸命に、そこは考えてやってます
その人のセンスなんだよね
なので、沢山、沢山、いい音楽を聴かなくちゃいけないんだよね
頑張って私も聴いてるけど
本当は頑張るものでもないのだけどもね・・・・
頑張ってまーす
またいろいろ、思い出した事があったら
音楽のお話、書きますね
私の思想より、本当はここに載せるブログは
音楽のお話の方がいいと思うんだけどね
でも、人としての自分も少し、知ってもらいたい気もするし
大抵、私は陽気でいつも嬉しく生活しているので
嬉しい事や面白かった事は、なんとなく書きたい気持ちになります
とってものびのび、自由に生きています
これからも益々、のびのびしてしまいそうです
また、あのカウンターテナーの先生にもお会いしたいなあ
いろいろ私も音楽の事を幅広く知りたいし
素敵な音楽会を開きたいなあ
素敵に演奏をしてくれる楽器の方々を紹介してもらえたなら・・・・
私の歌うExsultate, Jubilate 聴いてもらって、いろいろまた秘話を知りたいなあ
装飾音のアドバイスも欲しいなあ
バロックも素敵なんだよね
Exsultate, Jubilate については、ベルカントのオペラ歌手達もよく歌ってますよ
知るくらいは、幅広く知ったらいいと思うんだよね
知識は沢山あった方がいいよね
未来はどんな雰囲気だろう?
人と上手にやっていくには、私は
謙虚さと、感謝と、思いやりと、相手を尊重する気持ち、譲り合い、許し合い
これらの事が重要だと思っているんです
特に一緒に住んでるなら、感謝の気持ちを忘れてしまったり、謙虚さが持てないでいる人とは、難しくなってしまう
相手の欠点を攻めるより、謙虚さと、人への感謝の気持ちをお互いに持たないと
後、欠点は補い合うようでないと
感覚や価値観が似ているもの同士である事も大事だとは思うけれども
そればかりとも言いきれない
特に、一緒に暮らしていたら特に・・・
シェアハウスなんかでも、そうでなかったら、やれないね
シェアハウスなんて、気遣いが凄く必要になってきそうですね
これからの時代は
人とシェアする
人からレンタルをする
そう言う事も流行ってくるそうです
向き不向きがありそうですね
女性限定のシェアハウスで、そこの皆とで
子供をお互いにみんなで見合って育てて行く、というようなスタイルも流行ってくるそうですよ
常に幸せでいられる究極の方法体験談
いろんな人達とコミュニティを持って
社会を渡り歩いていかなくてはなりませんね
これからは、世界的に大不況もあり
物価も値上がります
この不況は少なくとも後五年は続くと聞きました
ひょっとしたらもっと続くのかもわからないと
そうすると、段々人とコミュニケーションをしっかりと取る事ができ
お互いに励まし合い
助け合いが必要となってきそうですね
そうした時、人と人というものは
お互いに至らない部分が多く出てくるはずです
特にこと私においてお話しますが、解らないけれども
きっと私は気がつかないし、相手にとって至らない部分が沢山あると思うんですよね
簡単に、あ、この人とは価値観が合わないわ、と言ってしまうのではなく
それは、本当に価値観が合わない事もあると思うのでその判断や、見極めはなかなか最初は難しいと思います
なので、簡単にその一言で片付けてしまうより
1人1人が、お互いに、相手に対して、知らぬまに人に迷惑をかけている、至らない面があるものだと心底知っていれば
常に事ある毎に、ごめんねとありがとう、がいつでもスムーズに言えるでしょうね
と、そう考えます
でも私は、すみませんより、ありがとうの方を沢山言えた方がいいかな?
その方が好きかな?と思います
私は改めて、そのように心がけるよう、肝に銘じようと思います
そして、何か嫌な事が勃発しても
それさえも、何かいい事なんだと思うようにしようと思います
人から何か言われた
言い方や態度に納得はできないまでも
それでも、自分の何処かが改善される
何かに気がつく
何かが良い方へ向かう、何かが良い方へ改善されると、思っていようと思います
なかなか嫌な事があって、それを思うのは難しいのだけれども
それでも、少し心を落ち着ける事ができたなら
これも、いい事なんだと、思った方が
全てが喜びに変わって行く前兆に当たると思います
それだけで、嫌な事さえ、ラッキーな事で、
何かあっても、早い時間で心を穏やかにできるし、常に幸せでいる事ができます

今朝も、朝から家の中でバトルで大変でした
私は、ごめんねと、ありがとうという気持ちをどんな場面でも常に持っておいて欲しいと相手にも願うのだけれども
何故なら肉親だから
しかし人には、時期と言うものがあって
それを言っても理解できないし、冷静に話ができない雰囲気なので
仕方がないなあと思っています
お互い様なんだから、いちいち事細かく貴方も私に頭を下げる必要もない!と言うのよね
私は、どんな場面も自分に対して謙虚な心でいたら
ごめんねと言えるタイミングを間違えないと思うんだよね
私はそう思って長年人と暮らしてきたつもりだったのだけど・・・・
今は、相手の年齢や、環境や精神状態によっては、なかなか解らない時期なのかなあ?と思っています
大抵の心のズレは、お互い様だとそこまで解っているのなら、と、なんども訴えているのだけれども通じない時もありますね
上手く言えたとは思えないけれども
無理強いもできないですし・・・
ちょっと心が重たい今日この頃となってしまいました
それでも軽やかな時間も沢山あるのだから
もうすぐそれも終わるのですし
赤の他人なら、絶対的に放っておくけれども
赤の他人ではないけれども、放っておきましょうか・・・・ 😊
自分で何処かで気がつく場面が来て、気がつかないならしょうがないし
一生気がつかないのかもしれないし・・・・・

ごめんねと、ありがとうの気持ちを意識をして持つ事は
人間関係の基本だと思うのだけれどもなあ
何十年生きてきても、解らないものなんだなあと思います
自分はそうしてるつもり、とかだったりしてね😉
私は最近、ある時をきっかけに、それを強く再認識した今日この頃なんです
そうそう、私も最近の事じゃないか!
そう思えたら人を許せるし
この度の出来事でそれが強く認識できた!
それだけで、これからの新しく関わって行くであろうコミュニティの場でも、自信が持てる
そう強く意識できただけでも、もう私は喜びに向かっている
と、このようにね、いい風に考えられたら、私を取り巻く空気は幸せで満ちています




